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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)3456号 判決

原告 国

訴訟代理人 河津圭一 外三名

被告 有限会社 叶商事

補助参加人 堀節治

主文

補助参加人堀節治と訴外堀邦太郎との間に昭和三十一年十一月十九日頃なされた別紙物件目録記載の建物の売買契約を取消す。

被告は補助参加人に対し、別紙物件目録記載の建物につき所有権移転登記手続をなせ。

訴訟費用中参加によつて生じたものは補助参加人の負担とし、その余の費用は被告の負担とする。

事実

原告代理人は主文第一、二項同旨並に訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、

(一)  補助参加人は原告(所轄庁は東京国税局長)に対し昭和三十一年十一月九日現在において、既に納期の経過した別紙税金目録記載の(1) 乃至(4) の所得税(補助参加人の修正申告税額と当初の申告税額との差額である増差税額)、過少申告加算税、富裕税、利子税、延滞加算税等合計四十九万三千九百三十円と、納期は未到来であつたが、すでに発生していた別紙税金目録(5) (6) の昭和二十八年度同三十年度の所得税(但し何れも所轄税務署長の更正処分による増差税額)、過少申告加算税合計二百五十万八千三百六十円の納税債務を負担していたが、再三の督促を受け、右税金のうち僅に九万三千百二十円を納付したのみであつた。

(二)  ところで右各税のうち、別紙税金目録(4) 乃至(6) の所得税については、補助参加人は当初、昭和二十八年度分の、課税標準所得額を、昭和二十九年三月十五日付で四十万五千六百円と、昭和二十九年度分のそれを、昭和三十年三月十五日附で四十四万九千四百円と、昭和三十年度分のそれを昭和三十一年三月十五日附で四十六万八千三百円と申告したが、

その後所轄浅草税務署長より右申告額が真実の課税標準所得額より過少であることを指摘され、修正確定申告をするようにとの勧告を受け、昭和二十九年度分の前示課税標準所得額を昭和三十一年十月十七日附で、百四十六万八千四百七十五円と修正確定申告をしたが、昭和二十八年度分、昭和三十年度分については修正確定申告をしないので、浅草税務署長は昭和三十一年十一月二十日昭和二十八年度分の課税標準所得額を二百八十六万三千七百円と昭和三十年度分のそれを二百七十三万三千三百円とそれぞれ更正処分をした(以上の結果、当初の申告額と修正申告額又は更正処分による更正額との差額が生じ、増産税を生じたのである)が。

(三)  補助参加人は別紙物件目録記載の建物を除いては(一)に述べた税金の納付に資すべき資産がないのに拘らず右税金取立のための差押を免れるため、昭和三十一年十一月十七日右建物を訴外堀邦太郎に売渡し、

次いで同月十九日堀邦太郎はその建物を被告に売渡し、中間登記を省略して、補助参加人より直接被告に所有権移転登記(東京法務局台東出張所昭和三十一年十一月二十日受付第二九一八七号)を経由した。

(四)  思ふに、補助参加人は建物売買当時昭和二十九年度の自己の修正確定申告による別紙税金目録(4) の税債務の存在することを知つていたことは勿論、同目録(5) (6) の更正処号による課税標準所得額の増加に伴う増差税額の生ずべきことは、(二)の後段に述べた経緯からして明であり、遅くとも昭和三十一年十一月五日当時には浅草税務署長の更正処分のあるべきことを了知していたもので、本件建物売渡は右各税金徴収のためにする差押を免れるためなされたものである。

(五)  そこで原告は国税徴収法第十五条に基き補助参加人と堀邦太郎との間の(三)前段の建物売買契約の取消を求めると共に、被告に対しては(三)後段の被告のための所有権移転登記抹消登記手続(これを求めるのが本則であるけれども、便宜上)に代る補助参加人に対する建物所有権移転登記手続をなすべきことを求める次第である。

被告並に補助参加人の抗弁事実はこれを否認する。

(1)  堀邦太郎は補助参加人の兄で、本件建物売買当時、補助参加人と住所は同一であり、補助参加人の経済事情もよく知つており、本件建物売買が原告よりの差押を免れるものである事情を知悉していたものである。

(2)  又被告は本件建物買受直前の昭和三十一年十一月十五日設立され、不動産売買及び一般金融を主要業務とする有限会社で、資本総額八百万円、一口の出資額一万円、八百口から成る資本構成をもつているのであるが堀邦太郎が唯一の取締役であり(従つて唯一の被告の代表者でもある)二百八十口の出資者、補助参加人は二百五十口の出資者で兄弟二名だけで議決権の過半数を占め、事実上も堀邦太郎の主宰する会社であるところ、被告が堀邦太郎より本件建物の転売を受けるに際つては、社員総会の認許を得て、堀邦太郎が被告の代表者としての資格を兼ねて、取引したものであるから、

被告としても(1) の事情を知つて本件建物を買受けたわけである。と述べた。

立証〈省略〉

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告が請求原因として主張する事実につき、

(一)(二)は不知。

(三)の前段のうち、補助参加人が原告主張の建物を訴外堀邦太郎に売渡したことは認めるが、その余の点は否認する。

(三)の後段の事実は認める。

(四)は不知。

と述べ、抗弁として、

仮に補助参加人に原告主張の税金を納付すべき債務があり、補助参加人としては、右税金徴収のための本件建物についての差押を免れるため、堀邦太郎に建物を売渡したものだとしても、堀邦太郎としては建物買受当時右事情を知らなかつたものであり、被告は本件建物を同人から転売を受けたものであるが、その転売買の際も、被告代表者として取引の衝に当つた堀邦太郎は前示事情を知らなかつたのであるから被告に対する原告の請求は失当である。

と述べ、被告の抗弁に対する原告の再答弁に対し、

(1)のうち堀邦太郎が補助参加人の兄であることは認めるが、その余の事実は否認する。

(2)の第一段第二段のうち、堀邦太郎が事実上被告会社を主宰していることは否認するが、その余の事実は認める。

と述べた。

立証〈省略〉

理由

原告主張の(一)の事実の有無はさて措き、証人住友正昭の証言並に同証言により真正に成立したと認められる甲第八乃至第十五号証を綜合すれば、原告主張の(二)の事実を認めることができる。

ところで証人住友正昭、堀節治の各証言並に右各証言によつて真正に成立したと認められる甲第七号証によれば、前段認定に係る補助参加人より浅草税務署長に対する昭和二十八年度乃至昭和三十年度の所得税確定申告について、その申告に係る所得税課税標準所得額が実際より過少であるから、実際の所得額に基き、修正確定申告をなすべき旨を補助参加人に要請し、補助参加人は右要請の一部を応諾し、昭和二十九年度分については昭和三十一年十月十七日修正確定申告をしたが、昭和二十八年度分、昭和三十年度分については右要請に応じなかつたため昭和三十一年十一月二十日頃、浅草税務署長より申告額について更正処分を受けるに至るまでの折衝は、昭和三十一年十月より同年十一月二十日頃までに、当時浅草税務署員として所得税の調査を担任していた訴外住友正昭と補助参加人との間になされていたものであることが認められるので、別紙税金目録のうち、補助参加人が自分で修正確定申告をした昭和二十九年度分の税金はもとより、浅草税務署長の更正処分による昭和二十八年度分、昭和三十年度分の税金額についても、これに近い額の税金が課せられることになることは、昭和三十一年十一月中旬当時、熟知していたことを容易に推定できるし、

以上前々段の認定並に前段推定を覆へすに足りる何等の証拠もない。

しかも成立に争のない甲第二第三号証並に証人堀節治の証言を綜合すれば、補助参加人は訴外堀邦太郎より借財があつたので、昭和三十一年十一月十九日頃(補助参加人が浅草税務署長に昭和二十九年度分について修正確定申告をした日附の前後である)右借財整理のため邦太郎に本件建物を売渡したが、(この売渡については本件当事者間に争がない。)補助参加人は当時、本件建物以外に不動産を所有してはいなかつたことが認められる。

ところで、当時補助参加人が、本件建物以外に上叙税金の納付に資するに足りる資産を所有していたことを認めるに足りる証拠のない本件では前段認定の事実と成立に争のない丙第一号証並に邦太郎が補助参加人の兄であるという当事者間に争のない事実とを考慮すれば、本件建物の売渡は、補助参加人が前示税金徴収のためにする建物についての差押を免れるためになしたものであると推定できる。右推定を左右できる証拠はない。

そこで被告の抗弁について判断する。

堀邦太郎が本件建物を補助参加人より買受当時補助参加人が徴税のための差押を免れるために売渡すものであることを知らなかつたとの事実については、この点に関する証人堀節治の証言部分は信用できないし、他にこれを認め得る証拠はない。もつとも前示事情の知、不知は抗弁ではあるにしても、悪意は推定されないとの原則からして特に善意の立証を要しないとの見解もあろうが、すでに述べたように、邦太郎は補助参加人の兄であり、本件建物売買の時期を考慮し且つ証人堀節治の証言(一部)により認められるように、邦太郎が補助参加人の財産状態並に営業状態を知つている間柄である事情の下では、被告において、その情を知らなかつた事実を一般抗弁の場合と同様に積極的に立証の責を負ふものと解するのが相当である。

次に原告主張の(三)の後段の事実は本件当事者間に争がない。しかも被告の抗弁に対する原告の再答弁(2) の第一、第二段のうち堀邦太郎が事実上被告会社を主宰するとの点を除いたその余の事実も被告の認めるところであり、従つて被告が堀邦太郎より本件建物の転売を受けるに際り、堀邦太郎が被告を代表して取引をしたものであることは明であるところ、同人が当時、補助参加人において徴税のための差押を免れるために本件建物を売渡したとの事情を知らなかつた証拠のないことはすでに判示したとおりであるから、被告の抗弁は採用の限りではない。

してみれば、転得者である被告に対する関係において、補助参加人と堀邦太郎との間の本件建物売買契約の取消を求めると共に、被告に対し本件建物について被告のためになされた所有権取得登記の抹消登記手続に代へ、便宜上、補助参加人に建物所有権移転登記手続をなすべきことを求める原告の本訴請求は正当である。

よつて訴訟費用の負担につき、原告と被告、原告と補助参加人の間にそれぞれ民事訴訟法第八十九条、同法第九十四条後段第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎)

物件目録〈省略〉

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